日本の大地で培われて来た日本人の感性を原点とするデザイン創造集団


by j-sense
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カテゴリ:手法❹原風景を伝える( 4 )

開拓時に輸入されたアメリカの様式建築は下見板張りでした。
また、赤煉瓦造の洋館もありました。マンサード屋根の納屋もありました。
倉庫では軟石が使われることが多かったですね。北海道にも原風景となる歴史的な形や素材がありました。
こうした原風景も継承して行くことが大切です。
素材と造形の継承と発展、「北のデザイン」にとっても重要な課題です。
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by j-sense | 2009-06-06 04:08 | 手法❹原風景を伝える
驚きの文化財。デザインの宝庫!
モダニズムあり、カーテウォールあり、アールトデザインありとびっくりします。
建築デザインを学ぶものの素晴らしいテキストです。
とても感動いたしました。
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by j-sense | 2008-07-06 04:06 | 手法❹原風景を伝える
 道の駅の目玉施設である。道の駅のメイン施設の南側に隣接しており、まわりに柵がめぐらされている。入場料が必要だが、概観だけなら実は国道からも十分見れる。入場料は大人350円、小人100円、団体割引あり。詳細は道の駅に問い合わせのこと。

 かつて明治期のニシン景気によって明治38年(1905年)頃に建築されたが、ヤン衆生活エリアはそれよりも数年早くに建築されたとされる。明治29年ごろから、地元(鬼鹿の南部にある)大椴の山から木材を調達し、三半船で運び製材した。

 1971年12月28日に国の重要文化財に指定され、同時に小平町所有物となり、1億9千万円をかけて解体修復した。かつての所有者花田家の祖先は安芸の国の人とされ、2代目からニシン漁業、3代目に本格的に行い始めた。18ヶ所のニシン定置網、 200人ほどが寝泊りし(500人雇い入れ)、100棟ほどを所有した大富豪であった。

 構造は木造 2階建て。面積は1階801m2、2階105m2、合計906m2。中は広々としており、がっしりした太い木の柱が支えている。1階には、親方の部屋や金庫の間、漁夫の台所や生活間、漁夫のねどころ(下の段)、2階には、漁夫の生活間の吹き抜け空間、漁夫のねどころ(上中の段)、商談の間、見張りどころがある。

 実は日本最北端の国の重要文化財である。2001年に北海道遺産にも選定された。現存するニシン番屋としては最大規模。かつてのニシン漁最盛期を知る貴重な資料となっている。正式名称は「重要文化財旧花田家番屋」。毎年5月下旬には旧花田家番屋を舞台に、鰊番屋まつりが開催される。1999年7月に入館者通算100万人を突破した。

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by j-sense | 2008-06-06 03:52 | 手法❹原風景を伝える
この力強い原風景。建築造形の原点です。

強い季節風が吹く最北端の町、稚内は棒鱈の全国一の産地!旨い干物は、鮮度が身上
北海道沖の子持ち真鱈がもっとも美味しくなる12月〜3月ころ、 稚内の棒鱈作りの最盛期です。

稚内の港に真鱈が揚がると、すぐに自社工場に直送。
10kg以上、時には18kgの超大物も揚がることもあります。 達人の切子さん達が、刃渡り30cmもある大鱈包丁で おろしていきます。
頭でっかちの大口「たらふく食べる」の語源になるくらいの大くらい。
身だけになった真鱈を、乾燥室である程度乾かしてから、 常温の室内に吊って水分を抜く。
そのまま干したのでは、凍って肉がスポンジ状になり味を損ねます。

吹きさらしの納屋に上げてひと月寒風に干す。
カチカチを納屋から下ろして井桁に組んで、戸外の天然冷蔵庫に もうふた月寝かせる。
3か月かかって、10kgの鱈がたった1kgの棒鱈に仕上がります、
「自然の風は、仕上がりの色つやがまったく違う。 こればかりは、人間の力ではどうすることもできません。」

最北端のからっ風が棒鱈を磨き上げました。
稚内市富士見地区の加工場でタラに引き続き「カスベ」の乾燥作業がはじまりました。
海からの冷たい風が吹き出す今頃から魚干しが行われます。

木材で組んだ納屋と呼ばれる「サキリ」に掛ける作業がこれから繰り返されます。
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by j-sense | 2008-04-05 22:35 | 手法❹原風景を伝える